せめて片方だけでもと必死で祈った
せめて片方だけでもと必死で祈った
昨夜は、ついに両方の鼻が詰まってしまって苦しいってもんじゃなかった。
まさに地獄だった。呼吸困難地獄?
苦しくて苦しくてのたうちまわりそうなほど(かろうじてまわらなかったけど)だった。
毎年この時期、鼻で呼吸ができることのありがたさが身に染みてわかる。
ここまで重症になると、もはやなす術はなし。飲み薬も点鼻薬も
全然効かない。
まさに生き地獄ならぬ息地獄。
最後は、神に祈るしかなかった。
お願いです。どうかどうかせめて片方の鼻を通してください。
後生ですから。たすけてください。たすけてくださ。
って必死に祈った。
そうしたら、祈りが通じたのだろうか?
しばらくすると右の鼻が通ってくれて、かろうじてそこから鼻呼吸が出来た。といっても、針の穴くらいのか細い通り道だったけど。
それでも、ああありがたい。ああありがたい。と思わず涙が流れてしまった。あほかしら?
というわけで、やっぱり今年も苦しめられました。
結局は、こうなるわけね。がっかり。という感じです。
薬の副作用かもしれないけれど、
やたら眠くて眠くて、仕事中に相手先の担当者に取り次いでもらっている時に保留音楽を聴きながら激しい睡魔に襲われ何度か意識が遠のきかけた。
そいでも担当者が電話に出ると、とたんに
しゃきっとなって話し出すことができた。
我ながら不思議。
今は、かなりマシになって呼吸がすごく楽。
そこで一句
鼻で呼吸(いき)できるしあわせかみしめる。
ボヤいてばかりじゃ身体に悪い
今日は休みなので、お昼寝をしたけれど、お昼寝の心地よさが全く感じられない睡眠をとってしまったので、すごい損した感じ。
これなら寝ずに起きていて、他のもっと有意義なことをすればよかったと、後悔してしまった。
なんとも注意力が散漫で、落ち着きがなく、物事に集中できない。
洗濯物を干しながら、もう少しすれば花粉の季節がやってくるのかと思うと、気が滅入った。
どうしても、あえて気の滅入るようなことばかり思い出したり考えたりしてしまうようだ。なんとかならないものだろうか?
そう全ての思考が後ろ向きになってしまう。
なんか悪いものでも食べたのだろうか?
食べもののせいにしてはいけないけれど。
思い切り前向きになれる食べ物があるのなら、ひたすらそれを食べ続けたい気分。
もしその食べ物が、きゅうり以外だったらの話。
もし前向きになれる食べ物がきゅうりだったら
私は、きっぱり前向き思考になれることをあきらめる。
って、そういう思考がすでに後ろ向き?
そうかもしれない。